「正しさ」は相対的なもの
なかなか気も手も回らず、更新が滞りがち。
本題だったはずのJAZZLIFEネタは、ずっと凍結してるし・・・
今日は、夜からのオケ練習参加に合わせて、午後から休み(休日出勤の振替)。
来週は、なんちゃって研修講師として、人前で話さなきゃならないし・・・
午後丸々という長大な持ち時間のため、準備も結構たいへんです。
ということで、本業がややほったらかし気味の今日この頃。
今日は、「正しさ」について、とりとめなく。
だいたい、世の中に絶対的な「正しさ」なんて、存在しないのだと思うのですよ。
唯一あるとすれば、それは「自然の摂理」という名の「神」。
ましてや、人の営みに「絶対」なんてものをハナから期待してはいけない。
相手は自分とは異なる存在なのだし、背景も文脈も、みなそれぞれ違うものを持って生きている。
そんなものがいろいろと混じり合ったカオスが、この世の中。
異なる主張がぶつかったとして、「自分が正しいか、相手が正しいか。」という二元論的思考で、ただ互いに自分の「正しさ」、相手の「誤り」を主張しあうのでは、そこに対立関係が生まれ、勝ち負けが生まれるだけ。
「絶対」がないのだとすれば。
「正しい」か「間違い」は、多くの場合、それ自体というよりも、文脈で決まるのだとすれば。
自分と違う主張の相手だって、相手の文脈・背景の中で考えれば、筋が通って正しいのだし、相手からみた自分は、違う世界の住人に映っているに違いない。きっと多くの対立は、そういうふうにできている。
相手の依拠する文脈を感じて、想像して、考えること。
自分と相手の違いを違いとして見つめつつ、それでも違いを超えた共通点を見ようとすること。相手に、自分に、耳を傾けること。感じること。
そういうことができる人間でありたい、と、思う。
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コメント
こんにちは、
貴君のような人は、体癖論を学ぶととても有意義なんですがね。人間の価値観がどういうふうに分類でき、どう対処すべきか、ものすごくよくわかるようになりますから。
私のブログで「体癖」あるいは「感受性」で検索してみてください。会員ページのなかにもあります。
投稿: 佐藤直曉 | 2007.10.17 11:35
佐藤直曉 さま
コメント&アドバイス、ありがとうございます。
体癖論ですね。
体癖は、ずっと気になっていたキーワードなのですが、敷居が高いかな?と敬遠していた面もないではありません。
これを機会に、貴ブログ記事を手がかりにして、少し突っ込んで学んでみようと思います。
# いつも楽しみに各種ブログを拝見しております。
# 毎日の更新、頭が下がる思いです。
投稿: micky_s | 2007.10.17 22:20